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Mac ON! 1998 May
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岡山県 藤井健喜
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Weekend Hero 2 for R'S GALLERY
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WH205
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1998-03-27
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28KB
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450 lines
第五話
らくらくライバル変身講座
Introductry Remarks
田辺奈美は平凡な高校生である。
あるとき、兄の開発した『ヒーロー変身薬』を飲んでしまった彼女は、ビキニスタイルの恥ずかしい格好のヒーローとなって、世界征服を企む悪の秘密組織『ダークブリザード』と戦うことになる。
人は彼女のことを『ウイークエンド・ヒーロー』と呼ぶ。
今日、彼女を待ち受けているものは一体何なのか…?
1
ダークブリザード本部。その一角。
薄暗い室内。
ドクターダイモンが怪しげな機械のスウィッチを入れる。
ダイモンは叫んだ。「いでよ、新たなるダークフィアー!」
大きな振動のあと、製造機の扉が開いて、中から新しいダークフィアーが現れた。
それは巨大なアメーバのような生物だった。背の丈二メートルくらい。全体がどす黒い色で統一されていた。見るからにヌルッとした触感が伝わってくるような光沢がある。ドロドロとした質感を感じさせる音を発していた。
気色悪い怪物だった。
突如周囲に異臭が広がった。緊急退避が必要な場合に鳴る低い音のブザーが響いた。ダイモンの周りは、にわかにあわただしくなった。
「うっ、臭い…!」ドクターダイモンも吐き出しそうになった。あわてて鼻をつまむ。
それでもテロップはいつも通りに現れた。『(ダークフィアー)ヘドロン』。
ドクターダイモンは鼻をつまんだ状態で喋る。「おい、もうさっさと行って来い!」声色が高くなっていた。
「…」
怪物は喋ることができない。だが心中は察するに難くなかった。
2
岡南新報がウイークエンド・ヒーローの特集記事を組むことになった。さっそく変身した奈美のところに記者がやってきて、機関銃のごとく質問を浴びせかけた。彼女はさすがに疲れてしまった。
奈美はこの特集の中のインタビューで、「自分の名前はハイパーガールである」と答えた。
「じゃ、ハイパーが苗字で、ガールが名前なんですね?」記者がいった。
「…」奈美は返す言葉がなかった。
3
一〇月も終わりに近いある日のこと。
その日は、よく晴れていた。
草の生えた狭い広場に、一台の車が乗り入れた。車から、三人のスーツ姿の男が降り立った。ひとりは運転手だった。
ここは市内でも有数の湿原地帯だった。向こうには工業地帯がある。工場が林立しているのが見える。
男たちは車のドアを開けるなり鼻をふさいだ。
「これはひどいにおいですな、教授」白髪頭の男が、あとから降りた長髪の男に向かっていった。
「ああ、全くだ」長髪の男はうなずいた。彼も思わず鼻をふさぐ。
「大門教授!」別の男の声がした。道路の向こう側にひとりの男が立っていた。湿原の目の前である。
「あなたは?」長髪の男が訊いた。
「東児島市役所の福祉厚生局厚生課の環境保全係の内田克彦(うちだ・かつひこ)という者です」眼鏡をかけた細身の男だった。長い肩書きをひとつのよどみもなくいい切った。
「初めまして。私は市の環境監査委員会の顧問をしている大門史朗(だいもん・しろう)です」と長髪の男。本職は東児島大学工学部教授なのである。遺伝子工学が専門である。
「よく存じ上げております」細身の男がいった。
「こちらは委員のひとりで、私と同じ大学で講師をしている飯塚玲二(いいづか・れいじ)君だ」史朗がいった。隣の男を指差す。太った男だった。
「よろしく」玲二がいった。互いに挨拶する。
「ところで内田さん。この鼻をつくような異臭がしだしたのは、いつからなのですか?」史朗が訊いた。
「それが、ここ二、三日のことじゃないかと思うんです」克彦が答える。
「二、三日?」
「はい」
「においの原因となるようなものに心当たりは?」
「さあ?」
「付近の工場などからは?」
「昨日、一斉に立入検査を行いましたが、何も問題はありませんでした」
「農薬散布とかは?」
「ああ、それは私も考えました。ですが、今はそういう時期ではないですし…」
「住民から情報は収集しましたか?」
「はい。ですが、これといった収穫はありませんでした」
「別に異常はないみたいですな」太った男がいった。「教授、どうしますか?」
「仕方ないな」史朗もうなずく。「とりあえず、ここは戻って検討することにしよう」
「はい」玲二は了解した。
史朗たちは車に乗った。
車が走り出した。
走り去った道路の脇には市の掲示板があった。ポスターが見える。少し汚れていた。『市長深沢公平、がんばります! —東児島市』という文字が見える。
〈予定通りだ…!〉
走り行く車の中で、史朗は静かに笑みを浮かべていた。
大門史朗。
彼こそドクターダイモンであり、彼は沼にヘドロンを放ち、町の工業地帯を襲おうとしていたのだ。
車の走り去った道路の向こう側には湿原が広がっていた。
その奥底では、アメーバのような生物が悠々と動き回っていた。
もちろん、それを知っているのは、この怪物を解き放った男、ドクターダイモンだけである
4
それから二日が過ぎた。
その日の夕方。
「町の沼地に巨大なアメーバが現れた!」
という連絡が、警察に入った。
「冗談は休み休みにしてくれ」
「嘘じゃあありません! この音を聞いてください!」何かが動く音。
「嘘だったら承知しないぞ!」
ぶっきらぼうな声。応対している警官の声だった。
「あなたの名前は?」
「大門史朗です」電話の主はそういった。「じゃあ、私はこれで」彼は電話を切った。
史朗は大学の自分の研究室から連絡した。そばにあったテープレコーダーの電源を切る。怪物の動く音をテープに録音していたのだ。それを聞かせたわけだ。
今ここにいるのは彼のみだった。
なぜ、そんなことをしたのか?
こうでもしないと、誰もあのダークフィアーに気づいてくれないからだ。
彼は、自分で作った怪物の雰囲気を把握できていなかったようである。あまりにも地味なのを作ってしまった。
「こんなはずじゃなかったんだがなあ…」
受話器を置いたあと、彼は静かにぼやいた。
「でかいといっても六メートルほどだし、普段はエイかヒラメみたいな体型だから、ほとんど目立たないし威圧感すらない。叫び声もあげない。色も黒くて、夜だと背景に同化してなんにも見えんしなあ…しかもいる場所は沼地ときてる。あんな人通りの少ないところじゃ意味ないしなあ…」
彼はぼやく。
「近くの工場を襲う予定だったんだが、工場まで行くのが一苦労だったとは思わなかった。あんなに移動速度が遅いとは…」
まだぼやく。
「結局、相手から来てもらわないことには話にならなくなってしまった。ふん。まあ、あの沼地の中なら、奴の動くスピードだって緩慢になるだろう」
ひとりで納得する。
彼は部屋の窓のブラインドをあげた。
空は夕焼けがきれいだった。
一方警察署では、電話が切れたあと、急に周囲が騒がしくなった。
「おい、どうしたんだ?」それまで史朗の電話の相手をしていた男が訊く。
「何でも、工業団地そばの湿原に怪物が現れたらしい!」近くにいた警官がいった。「団地の住民が目撃情報が相次いで、電話回線が混乱してる!」
「何だって…!」彼は呆然となった。「ほ、本当だったのか…!」
「早くおまえも行け」警官は走っていった。
パトカー数台が現場に急行した。
一方、ここは現場となった湿原である。
そこでは、パトカーがバリケードを築いていた。周囲は騒然としている。
パトカー二台がこの地にたどり着いた。うち一台から二人の刑事が降り立った。高木康行と今中敦だった。
「おい、どうした?」康行が待機していた警官のひとりに尋ねた。
「あれです…!」警官はおそるおそる湿原の方を指差す。康行と敦の視線がその指のさらに先に向く。
「な、何だ、あれは…!」康行は瞠若した。
「し、信じられない…!」敦は腰が抜けそうだった。
二人の目前に見えるのは、見るも異様な化け物の姿であった。まるで小高い丘が動いているようだった。でも、本人はもう二日近くああいうことを続けていた。なのに誰も今まで気づいてはくれなかった。惨めだった。
ようやく日の目を見ることとなったわけだ。
「危ないですから、付近の住民はすぐに避難してください!」二人の周りでは警官が拡声器片手に叫んでいた。「早く避難してください!」
「おい、もっとやっかいなのが来たぞ…」ふと康行がそういって顎でしゃくる。
「何です?」敦が訊いた。
みると報道機関の送り出した車が続々到着していた。敦はなるほどと思った。
「あ、駄目ですよ!」やってきた報道陣に対して警官がたしなめる。「すぐに戻ってください。危険です!」
「ちょっとだけ…!」
「あれは何だ!」記者の怒鳴り声。怪物を見たのだ。
その声につられて、報道陣の率いたカメラマンらのシャッターの切る音が続いた。
康行は頭を抱えた。危険なので自分たちも退散しようという矢先だったのに…
この中に猪俣祐二君の姿はなかった。彼はウイークエンド・ヒーロー特集のために連日連夜取材やら編集やらに携わっていた。だから今は少しの休養を与えられていた。休んでいるのだ。
不意に爆音がした。空の方からだ。ヘリコプターのプロペラ音だった。実際空を見上げるとヘリコプターが飛んでいた。地元テレビ局が差し向けたものだった。
ヘリの中ではカメラマンと、リポーターが乗り込んでいた。リポーターは鼻の大きな男だった。鈴木紀夫(すずき・のりお)、四五歳だ。
「こりゃあ、すごい…!」
彼は遠目に見える化け物を眺めて身震いする。武者ぶるいという奴だ。
「鈴木さん、こんな取材やめましょうよ…」
彼の横で、カメラマンが嫌な顔をする。赤木太一(あかぎ・たいち)という二八歳の男だ。「怪物に襲われたりでもしたら—!」ちなみに、猪俣祐二と専門学校のクラスメートであったりする。
「駄目だ」彼がいう。「これはすごいスクープだ。これを見逃さない手はない!」
「危険ですよ」
その言葉に、ヘリのパイロットも無言でうなずいた。彼も怖かったのだ。
「いや、続ける」と紀夫。「今、緊急報道番組になってるんだ。ライヴでいく!」
急遽『緊急特番・謎の怪生物東児島市に現る! いや〜ん、早くあっち行って!』という投げやりなタイトルで、地域限定の特別番組が放映されることになっていたのだ。
「…」太一は黙った。上からの命令なので、逆らえない。紀夫は報道部門のトップでもあったのだから。
「さあ、回せ!」
カメラマンはカメラを動かし始めた。
紀夫の声のトーンが急にあがった。
「ごらんください! 沼には、巨大なアメフラシのような生物が、ゆっくりと動いています!」紀夫はマイクを手に絶叫する。
「その先には工場や、団地があります。果たして、大丈夫なのでしょうか!」
カメラは多少ぶれていた。
勢いで紀夫は思いきり不謹慎な台詞をはいた。「まるで特撮怪獣映画のような事態です…!」
同じ頃。
田辺奈美は学校からの帰りであった。
そこへ、イヤホンが鳴った。兄からの連絡だ。
「奈美、沿岸の工業地帯そばの沼地に怪物が現れたそうだ」テレビを見ていると、そんな映像が流れたのだ。
「え〜っ!」
「行って倒して来てくれ」
「行かなきゃ、駄目?」
「行ってくれよ」
拒否する理由が見つからない奈美。
「…わかった」
奈美は近くの木の陰で変身。沼地へと飛び立った。
彼女はすぐ現場に到達した。周囲を見回す。
「何でヘリコプターがいるのよ…!」
奈美はその下を見てさらに驚く。
「ちょっと、何よ、あれ…!」見るからに気色悪いアメーバ型の怪物を見て、奈美は少し憂鬱になった。あんなのと戦わなくてはならないのか…!
〈もしかして、新種のダークフィアーじゃ…!〉
そんなことがわかっても、何の慰めにもならなかった。
「おい、ハイパーガールだ!」ヘリの中で紀夫が叫んだ。「しっかり映せよ!」
「あっ、ハイパーガールだ!」今度は地上の警官たちが叫んだ。「じゃあ、がんばれよー!」
彼らのパトカーは再び戻っていった。康行たちも戻ってしまった。
「ああ、ちょっと…!」助けてくれないのか?「いっちゃった…」
薄情な警察だった。
今の世の中、自分の命が何より大事なのだ。
妹の腕時計のカメラから映像を受信している浩一は、自室で映像を見ながら、言葉をなくしていた。おそらく妹と同じ感想を持ったのだろう。
さて、ここで奈美の腕時計について説明しておく。
彼女のしている腕時計には、カメラアイがついている。文字盤の側面だ。ここから彼の自室のパソコンに総天然色映像が送信されている。彼はそれを見ているのだ。ほぼ奈美の見ているものとか、彼女の取っている行動とかが把握できるようになっている。
というのも、このカメラアイの向きは、パソコンからの遠隔操作が可能だからだ。また、画像のぶれを自動的に修正する機能も備えている。まさに現代科学の集積物なのだ。
ところが、ノイズがひどかった。
浩一はテレビを見るのをやめた。だが変わらない。
近くにヘリが飛んでいるのがわかった。なるほど。それで映像にノイズが入るのだ。
「くそ、あれのせいだな…」浩一はマイクを手に取る。
奈美のイヤホンが鳴って声がした。
「おい、奈美」浩一だ。
「なに? よく聞き取れないの」奈美が応答する。奈美には雑音混じりの声が届くだけだった。
「そばにいるヘリコプターのせいだ。そのヘリに、現場からすぐ消えるようにいってくれ」浩一が命令口調でいった。
「わかったわ」奈美は了解した。音声に雑音が混じるが、論旨は理解できた。
彼女は髪がなびいていた。プロペラのためだった。それに、辺りに漂う異臭をもろかいでしまっていた。たまらなかった。奈美もうっとうしかったのだ。
一方のヘリコプター内部。
「鈴木さん」太一だった。
「どうした?」
外を見ながら彼がいう。「ハイパーガールがこっちに来ます」カメラを構えたままだった。
「そりゃすばらしい」と紀夫。
彼らは現在は中継をしていなかった。CM中なのだ。
「よし、次はハイパーガールに直撃インタビューだ!」紀夫は興奮していた。「さて、何を訊こうかな。やっぱり男性経験かな?」それじゃあワイドショー番組ではないか。いったいこの男は何を考えているのだろう。
「CMが終わったぞ」紀夫がいった。「さあ、映せ!」
「何か喋っています」太一がカメラを向けながらいう。「え? 危ないから、ここから早く離れろって?」彼はうなずいていう。「鈴木さん。やっぱり僕のいった通りじゃないですか。さあ、さっさと引き上げましょう」
「だめだ。まだ番組が続いているんだ」
突如、アメーバの一部が触手のように伸びて来た。その先にはヘリコプターがあった。
「あっ!」太一が叫んだ。
「危ない!」奈美は急旋回してヘリを助けようとする。触手とヘリコプターの間に奈美が体を入れる。ヘリコプターを守ろうとした。
奈美にアメーバのパンチが直撃する。
鈍い音がして、アメーバは手を引っ込めた。慌てているようだった。予想以上に硬かったからだろう。驚いたのだ。
だが、今の一撃で、奈美ははじき飛ばされるように地上に落ちていった。かなりの衝撃が彼女を襲った。
一部始終を見た太一は焦った。「ハイパーガール!」
「あわわわ…」紀夫の額から冷や汗が流れ落ちていった。急に怖くなったのである。「おい、早くここを離れろ…」
「でも、ハイパーガールが…」
「早く離れろ!」
パイロットが了解して機体を旋回させた。
ヘリコプターは飛び去った。
この出来事の一部始終は、茶の間にすべて流れていた。
後の話になるが、市議会でこの一件が取り上げられた。結果、市の緊急事態における報道機関のあり方についての議論が加熱した。
それと時を同じくして、市議会議員有志数人が条例の改正案を議会に提出した。彼らはいずれも「ウイークエンド・ヒーローの権利を考える会」のメンバーだ。超党派の市議会議員で構成され、八月末に発足していた。
この改正案の目玉は、ずばり「ハイパーガールの行動を邪魔した人物には、それがたとえパブリックな目的であっても罰することができる」という条文を新たに設けることだった。
これには条件が付き、罰せられるのは「緊急事態におけるハイパーガールの行為を故意に邪魔した場合」に限るとしている。
ただ、この文にある「緊急事態」が、具体的にどういう事態を示すのかについては明記されておらず、曖昧さを残していた。交通事故を含むのか、それとも革命規模の事態のことを指すのか、クーデターのことをいっているのか、よくわからない。まあ、人の存命危機に関わる事態のことには変わりないだろうけど。
話を戻そう。
ハイパーガールは沼地の上に倒れていた。
彼女はヘドロンのいる場からかなり離れたところだった。
彼女の体は全身泥まみれだった。異臭が漂う。
浩一の見ている映像が元に戻った。だがそれどころではなかった。
「おい、奈美!」浩一は必死にマイクに話しかけていた。
奈美は気づいて、声を出す。「あ、お兄ちゃん…」
「大丈夫か?」
「ええ、何とか…」
「よかった…」浩一は一安心した。
奈美は空を見る。「ヘリコプターは?」
「逃げてったよ」浩一がぶ然としていう。
「よかった」
「怪物と戦えるか?」
「うん」うなずく奈美。「がんばってみるわ」
彼女は立ち上がった。少し足場が悪かった。
目の前にはこちらに向かってじわじわと近寄ってくる物体があった。ヘドロンである。ここにいるのは彼女と、怪物だけだ。
辺りには異臭が立ちこめている。
〈臭いわ…!〉奈美は泣きたい気分だった。しかし弱音ばかりを吐いてはいられないのも確かだ。
アメーバは、体を起こして彼女に向かって動き始めた。かなりの背丈があった。進むスピードが上がった。
えーい、こんなに事をやっかいにした奴は許せない。奈美はそんなことを思った。
「あ、あんたが悪いんだかんね…!」奈美はヘドロンをにらんだ。そう、彼女が悪いのではないのだ。「許さないわよ!」
奈美は怪物に向かっていきなりハイパーキックをお見舞いした。
ハイパーキックとは、すなわちハイパーガールの必殺技のことである。
これはつまり、ウルトラマンがいきなりスペシウム光線を出すとか、格さんが最初に葵の紋の入った印篭を出すとか、あるいはサンバルカンロボがはじめからオーロラプラズマ返しをやるとかいうのと同じである。これがもし一時間のテレビ番組であったなら、構成上やってはいけないという奴である。
「ハイパーキイイイイイイイイイイイイイイイック!」
ズポッ。
ハイパーガールは怪物の体をすり抜けるように出て着地した。
奈美の体は泥まみれになっていた。そして鼻をつくような異臭。
しばし沈黙。
「あれ?」奈美は首を傾げた。
振り向くと、アメーバはまだ彼女に向かってゆっくりと動いている。
〈効いてない…!〉奈美は焦った。
説明しよう。敵はアメーバ状のため、ハイパーガールのどんな攻撃も衝撃を吸収してしまうのだ。
「そんなぁ!」奈美は困った。
ふと、アメーバの一部が触手のように伸びてくる。前と同じだ。彼女は避けようとする。しかし遅かった。手が奈美の体にまとわりついてきた。痛みはない。だが、それより恐ろしかったのは、ヌメッとする湿気を帯びた感触である。
奈美はそのあまりの気持ち悪さに悲鳴をあげる。「い、いやあ…!」
奈美は飛んで逃げる。「こっちに来ないでよ…!」
彼女からアメーバの手が離れた。
再びイヤホンが鳴って声がした。
「おい、敵を倒さずにおいて逃げるなよ!」浩一だ。
「だって、気持ち悪いんだもの!」上空で訴える奈美。
「そのくらい我慢しろ」浩一がいう。「殴られるよりはマシだろ?」
「どっちもいやよ!」わがままをいう奈美。「それに、あの怪物、とっても臭いの!」
「とにかく、何とかして倒すんだ」
「そうはいっても、弱点がないのよ!」焦る奈美。
「そんなことはないだろ」浩一がいう。「調べてみろよ」
「あ、そうか」ことに気づいた奈美は。空から怪物を見つめた。腕時計をいじる。
彼女のつけているゴーグルの視界部分に、文字が表示される。続いて四角い枠が現れる。点滅している。
枠が止まった。たちまちロックオンする。ブザーが鳴り、「じゃくてんだよ!」の文字が枠の横に表示された。
怪物の体のほぼ中央だ。
「ここに かく が あるんだよ!」と説明が出ている。
「へえ、そうなんだ…!」奈美は感心した。
奈美は弱点に狙いを定める。ピンポイント攻撃を仕掛けるのだ。まるでSNKの対戦格闘ゲームだった。
彼女は敵の細胞核を狙って再びハイパーキックをお見舞いした。
ヘドロンは全身をふるわせながら、やがて大きな音とともに倒れた。
今度は、決まった。
あとにはハイパーガールひとりだけが残った。それと、目の前にはヘドロの山があった。
奈美はかなり疲れていた。肩で息をしている。
時折風が吹いた。異臭が漂う。それは自分の体からにおっていた。彼女は自分の体の臭さに、思わず鼻をつまんだ。彼女の体は泥まみれ、いや、ヘドロまみれだった。惨めな姿だった。
彼女は泣きたい気分だった。
日はまもなく地平線の彼方に消えようとしていた。
かくして、ダークフィアーはウイークエンド・ヒーローの活躍によって倒された。
その後。
「奈美、臭いぞ」浩一は、妹が戻ってくるなりそういった。
「え〜ん…!」
気の毒なヒーローだった。
ちなみに、その日、彼女の体からヘドロの異臭は消えなかった。
「怪物を倒したことを、ちゃんと警察に伝えとけよ」浩一がいった。
「わかった…」
そのころ、
「あーあ、ダイモン様、こんな臭い死骸、どうするんですか!」戦闘員のひとりがいう。
「文句いわずに回収しろ!」ダイモンが怒鳴った。
「は、はい…ブラボー!」
「あとで海にでも棄ててやる…」ダイモンはつぶやいた。
沼で何人もの男女たちが巨大なアメーバをトラックに積み込んでいた。ドクターダイモンとダークウォリアーズの面々だった。トラックには「いつもニコニコ 東児島衛生(株)」の文字が見える。
「なぜ、この怪物にだけはいつもの転送機能が働かなかったのでしょう?」黒ずくめの女性が訊いた。
「元からつけなかった」長髪の男がいった。
「は?」
「こんな臭いもの、私の実験室に転送されてたまるかってんだ…!」
「…」
秋の夜である。
それからしばらくしてからのことだ。
警察にこんな電話連絡が入った。
「無事、沼地の怪物は、退治しました」
「え?」ちょうど電話に出たのは今中敦だった。「あなたは、誰です?」
「ハイパーガールです」
「え!」
彼がそういったとき、回線は切れていた。
彼は康行とともに確認に行く。沼は元の静けさを取り戻していた。
「ハイパーガール…」
敦はつぶやくようにいった。
「大したもんだな、あの子は—」
康行はそう、うなずくようにいった。
「あの化け物は、跡形もありません」ついてきた制服警官がいった。
「おかしいな」と敦。「ウイークエンド・ヒーローが処分してくれたんだろうか?」
「感心な子だな」康行がいった。「いまどきいないよ、あんな子は…」
寒い夜の沼でのことだった。
5
ダークブリザード本部。
「ドクターダイモン! 今回もまたウイークエンド・ヒーローにいとも簡単に倒されてしまったぞ!」ブリザードはおかんむりだった。
まあ、いつものことだが…
「も、申し訳ございません! 閣下! 次こそは…!」ドクターダイモンが謝罪する。
「貴様のその言葉はもう聞きあきたぞ!」
「閣下!」
「なぜこうも毎度毎度負けてしまうのか…」
「閣下! 次こそは…必ず…!」
「奴の弱点はないのか?」
「今のところ、ありません」断言するなよ。「いろいろ調査してはいるのですが—」結局何もわかっていなかったのである。
「うーむ…」
「ですから閣下…!」
ブリザードはぼやいた。「こうなれば、ウイークエンド・ヒーローと似たような奴を生み出すしかない」
「…え?」
「ううむ…だがどうすれば…?」
ブリザードは悩んだ。
6
次の日。深沢公平はパソコンでネットサーフィンをしていた。といっても、網の上でパソコンを乗せたサーフボードを動かしているわけではない。
そのうち、東児島大のホームページで興味深い資料を発見した。
医学部のページで、彼の手が止まった。
「ヒーロー変身薬に関する研究」とあり、下にリンクするボタンが貼ってあるではないか!
〈こ、これはもしかして—!〉彼は興奮した。ボタンを押す。すると画面が切り換わり、テキストファイルのリストが表示された。ダウンロードしてはならない旨のメッセージが表示されたが、彼は見てなかった。
リストの一番上には「#001"THE CONDUCT TRANSFOMATION TO THE HERO BY THE DOSE"」とある。
どうやら、「ヒーローになれる薬」関するデータのようだ。
〈ハイパーガールに関係があるのでは…!〉彼の脳裏にこんな期待がよぎってゆく。
公平はさっそくこの資料をダウンロードした。
事実、それは「ヒーローになれる薬」のサンプルデータだった。
彼は資料を読み通した。そして同じ日のうちに確信を得る。早い展開だった。
「おい、大門」
すぐに彼は電話で大門史朗を呼びだした。
「大事な話がある。すぐに私のところまで来てくれ」
こうして、公平は資料をもとにして、ドクターダイモンと共同で二日間で自分も「ヒーローになれる薬」を作ることに成功した。彼はハイパーガールに対抗するヒーローを生みだそうと企むのだった。早い展開だった。
「でも、そんなにうまくいくものでしょうか?」史朗は何となく疑心暗鬼だ。
「大丈夫だとも」公平はいい切った。「事実、ここに変身薬ができてしまったんだからな…!」彼は笑った。
彼のテーブルの上には、小瓶に入ったライトブルーの液体があった。
電話が鳴った。公平は受話器を取った。
「市長、お電話がつながっております」職員の声。
「誰だ?」
「市長の娘だとかいうお方です」
「おお、そうか。是非つないでくれ」
「はい」
回線が切り換わった。
7
翌日。一〇月末。
「お姉さま、早く」
「わかってるわ」
市の庁舎の前に二人の女の子が立っていた。ひとりは背が高く、もうひとりはグラマーな感じの女性であった。
「おお、来たか」市長室に入ってきた二人を出迎えたのは、深沢公平本人だった。「待ちわびてたぞ」
「お久しぶりです—」背の高い女の子が軽く会釈した。「お父さま」
二人は公平の娘だった。背が高い方が姉である。深沢美紀(ふかざわ・みき)だ。髪の色は黒で、ロングのストレート。才色兼備の美人。若干うぬぼれが強い。東京都内の高校に通っている。年齢は一七歳。五月九日生まれの牡牛座。血液型はA型。
身長一七二センチ、体重四九キロ。スリーサイズはバスト八六センチ、ウエスト五九センチ、ヒップ八七センチ。
「二人とも元気そうで何よりだ」公平はうれしそうだった。彼は妻とは死別していた。そのためこの二人の娘を特にかわいがっていた。二人は現在知人の家で暮らしている。
「ええ」もうひとりがうなずいた。「お父さまも健康そうで安心したわ」
公平の次女、深沢由衣(ふかざわ・ゆい)である。
長い髪を後ろで束ねている。色は黒。勝ち気な性格。かなりグラマー。腕力が強い。運動能力に優れ、運動神経も抜群。各種格闘技に精通している。姉と同じ高校の二年生である。一七歳。六月三〇日生まれの星座は蟹座。身長一六七センチ。体重は五〇キロ。血液型はA。スリーサイズは上から九二、五七、八六。
この日、二人は東京からこちらにやってきたのだ。いわば、市長就任のお祝いといったところだ。昨日電話したのはこのことを話そうと思ったからであった。
公平は娘たちとの談笑した。
そしてネタも尽きた頃。公平はさりげなく切り出した。「ところで—」
彼は二人に薬の話をする。そして、すでに似たような薬によってハイパーガールという少女が跳梁跋扈していると語った。跳梁しているのむしろはおまえらだろうが、という気もする。
「まずはこれを見てくれ」
公平は娘たちにビデオを見せた。今までため撮りしておいたハイパーガールに関する映像だった。主にテレビで彼女の登場したものだった。中には彼女の戦闘時の映像もあった。
画面にはエメラルドグリーンのビキニを着た女の子が動き回っていた。
「お父さま。何ですか? この女は」美紀が尋ねた。
「彼女がハイパーガールだ」
「彼女が?」由衣は呆れたようにいう。「鳩胸のくせしてあんな格好をするなんて、許せないわ!」
そういう問題ではないと思う。
「あまり強そうに思えないわ」美紀がいう。「こんなひよわそうな女の子をどうしろっていうの?」
「…」公平は言葉に詰まる。それでは今までの彼の立場がない。
「でも、何か曲者のように感じるわ…」由衣の目が光る。
「そうかしら?」美紀は淡々としている。「鈍くさそうに見えるけど」
「ものは相談なんだが—」ビデオを止めて公平がいった。「おまえたち、この女と同じような変身ヒーローになる薬を、誰かに飲ませてくれないか?」
「飲ませる?」美紀は眉をひそめる。
「そうだ」
「たとえば?」彼女が訊く。
「いかにも強そうな相手にだ。そうすれば、ハイパーガールなど簡単に倒すことができるだろう」確かに。
「待ってください、お父さま」美紀が口を挟んだ。
「ん?」公平が振り向いた。
「私たち自身がヒーローに変身することをお許しください」
「なにっ?」
「私、変身してこのハイパーガールという女の子と戦ってみたいわ」彼女はニヤリとする。
「お姉さま!」驚く妹。「ご冗談を!」
「冗談じゃないわ」美紀がいう。「由衣、あなただって、こんなひよわな女、気に入らないのではなくて?」
「そ、それは…」
「だったら、私たちの手で闇に葬ってあげましょう」
「確かに、正論だわ。お姉さま」
美紀は笑った。「お父さま、その変身薬を私たちに…!」
公平は悩んだ。
「でも、学校のほうはどうする?」彼が訊いた。
「何、一ヶ月くらいの休学くらいなんてことありませんわ」美紀がいう。「それより、早く変身してハイパーガールに会ってみたいの」
「うむ。わかった」
公平はうなずいた。
簡単に承諾したものだと思う。
8
場所はアパートの公平の自室に移った。
部屋はカーテンが閉められ、少し暗かった。
公平は手にしている紙の束に目を通す。資料をプリンタで打ち出しておいたのだ。
「この資料によると、薬を飲んだときに着ていたものが、そのまま変身時の衣裳になるそうだ」公平が説明する。場所はリビングである。1LDKだから、一番広いのはこの部屋ということになる。あとは浴室兼トイレがある。キッチンもある。「おまえたち、衣裳はそれでいいのか?」
「そうね」美紀は悩んだ。「ちょっと着替えてきます」彼女は浴室に消えた。由衣はキッチンへと消えた。
少しの時が流れた。
「お待たせしました」
といって二人の女の子が現れた。
着替えの済んだ二人の姿を見て公平は瞠若した。
「まあ、お姉さまったら、大胆!」由衣は目を丸くする。
「あなたがいえた口かしら?」美紀が余裕たっぷりに反論する。「由衣のほうが大胆じゃないの」
「…おまえたち、本当にそんな格好でいいのか?」公平が静かにいった。彼は不安だった。それにしても、どこから衣裳を持ち出してきたのだろうか?
「ええ」美紀はうなずく。「動きやすいものを検討していたら、こうなったんです、お父さま」
「私も、あのハイパーガールとかいう女に負けてられないわ」由衣もいう。
「おまえたち」公平が訊いた。「その衣裳はどこから—?」
「持ってきたんです」美紀が答えた。
「持ってきた?」
「というか、たまたまバッグに入っていたんです」
「バッグに?」
「そうです」
公平はうなった。
「さあ、薬を…」美紀がいう。
「ああ、わかった」
長髪男は薬を渡した。
美紀と由衣は薬を飲んだ。
それから、二人は試験的に変身してみた。
「うーむ…」父はうなり声をあげつつ二人を見ていた。
姉のコスチュームはハイレッグのワンピースの水着を元にしてあった。色は黒。あと基本的な装備はハイパーガールと同じだった。
妹のほうはビキニスタイルのコスチューム。ハイパーガールと似たようなものだ。但し色は黒。胸のところに薔薇の刺繍がある。
「名前はどうするの? お姉さま」由衣が訊いた。
「そうだわね」
「あの女はハイパーガールとかいってるわ」
「私は、パーフェクトガールにしましょう」
「じゃあ、私はアブソリュートガールにするわ」妹がいった。
「お父さま」美紀がいった。「これで、私たちもお父さまのお仲間に加えていただけますわね?」
「ん?」公平は首を傾げた。「どういうことだ?」
「私たちを『ダークブリザード』に加えていただくということよ」妹がいった。
彼は舌打ちした。「何だ、おまえたちは、知っていたのか…!」
「当然ですわ」美紀は笑った。「お父さまの目の上のたんこぶ、ハイパーガールは、必ず私たち姉妹がかたづけてみせますわ」彼女は笑った。
奈美にとっては嫌な奴であった。
「たのもしい奴らだ」公平はまんざらでもなさそうだった。
彼はこの子たちのことを「ダークブリザード・ヒーローズ」と名付けた。ウイークエンド・ヒーローに対抗したのだ。
「これでウイークエンド・ヒーローも怖くはないぞ。はっはっは…!」
公平は高らかに笑い声をあげた。
ハイパーガールのライバルが出現したのだ…
次回予告
直子「ついに、現れたのね…」
俊雄「ああ。これはやっかいなことになりそうだぜ…!」
浩一「次回ウイークエンド・ヒーロー2第六話『よくわかる2号誕生』正義は週末にやってくる—」
俊雄「えらくシンプルだな」
直子「たまにはこんなのも、いいんじゃないの?」
俊雄「えらく浩一の肩を持つんだな」
直子「え…?」
俊雄「いや、何でもない」
1997 TAKEYOSHI FUJII